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東京地方裁判所 平成6年(行ウ)290号 判決

東京都世田谷区奥沢一丁目二八番一八号

原告

會田豊作

東京都世田谷区玉川二丁目一番七号

被告

玉川税務署長 中野稔

右指定代理人

徳田薫

柳井康夫

齋藤春治

長谷川貢一

主文

一  原告の請求を棄却する。

二  訴訟費用は原告の負担とする。

事実

第一当事者の求めた裁判

一  請求の趣旨

1  被告が原告の平成三年分所得税に係る更正の請求について平成五年四月一六日付けでした更正をすべき理由がない旨の通知を取り消す。

2  訴訟費用は被告の負担とする。

二  請求の趣旨に対する答弁

主文と同旨

第二当事者の主張

一  請求原因

1  原告は、平成四年三月九日、被告に対し、平成三年分所得税につき、雑所得の金額を一〇万九七三〇円、総合課税の長期譲渡所得の金額を一一九〇万円、総所得金額を一二〇〇万九七三〇円とし、納付すべき税額を二五七万二〇〇〇円とする確定申告書を提出した。

右長期譲渡所得の金額は、原告が、平成三年五月一五日、新幹線鉄道保有機構(以下「保有機構」という。)に対し、東京都千代田区鍛冶町二丁目一八番地一六所在の木造亜鉛メッキ鋼鉄葺二階建事務所兼居宅(以下「本件建物」という。)の一階南側事務所(床面積一一・四六平方メートル。以下「本件事務所」という。)の賃借権(以下「本件借家権」という。)を代金二五〇〇万円で譲渡(以下「本件譲渡」という。)したことに基づき、その譲渡収入二五〇〇万円から譲渡費用七〇万円及び特別控除額五〇万円を差し引いた金額の二分に一に相当する金額(所得税法二二条二項二号)を申告したものである。

2  しかし、本件譲渡による長期譲渡所得については、租税特別措置法(以下「法」という。)三三条の四第一項一号による収用交換等の場合の譲渡所得の特別控除(以下「本件特例」という。)が認められるべきであったから、本件譲渡による長期譲渡所得の金額は零円とすべきであった。

すなわち、本件譲渡は、本件特例の対象となる資産の収用交換等による譲渡に当たるものであり、原告は、公共事業施行者である保有機構が本件借家権について最初に買取りの申出をした平成二年一二月一四日(訴訟上の和解成立の日)から法三三条の四第三項一号所定の六か月以内に本件借家権を譲渡したものである。

3  そこで、原告は、平成五年二月八日、被告に対し、雑所得の金額及び総所得金額を一〇万九七三〇円とし、総合課税の長期譲渡金額及び納付すべき税額を零円とする更正の請求をしたところ、被告は、原告に対し、同年四月一六日付けで、更正をすべき理由がない旨の通知(以下「本件処分」という。)をした。

原告は、同年六月七日、被告に対し、本件処分に対する異議申立てをしたが、同年九月三日、右申立てが棄却されたため、同月二七日、国税不服審判所長に審査請求をしたところ、平成六年六月二一日、これも棄却された。

4  しかしながら、前記のとおり、本件譲渡による長期譲渡所得の金額は本件特例の適用により零円であるから、平成三年分所得税の確定申告に係る総所得金額、納付すべき税額はいずれも過大であり、更正の請求のとおり更正されるべきであるにもかかわらず、これを更正すべき理由がないとした本件処分は違法である。

よって、原告は、本件処分の取消しを求める。

二  請求原因に対する認否及び被告の主張

(認否)

1 請求原因1、3の事実は認める。

2 同2、4は争う。

(主張)

保有機構は、昭和六三年六月二一日、東日本旅客鉄道株式会社(以下「JR東日本」という。)の社員である園部弘(以下「園部」という。)を通じて、原告に対し、補償金八二九万五〇〇〇円を支払うことを示して本件事務所の明渡しを求めており、これが本件借家権の買取りを最初に申し出た日であるから、本件譲渡が右申出の日から六月を経過した日までに行われなかったことは明らかであり、したがって、法三三条の四第三項一号により、本件譲渡について本件特例を適用することはできない。

三  被告の主張に対する原告の反論

園部は、JR東日本の代理人として、本件事務所を明け渡すよう申し入れたものであって、園部が保有機構の代理人である旨を表示したことはないし、原告がその旨の委任状を示されたこともない。したがって、原告と園部との間の本件事務所明渡しに関する交渉は、JR東日本との間で行われたものとみるべきであって、保有機構との間で行われたものということはできず、園部が本件事務所の明渡し等を申し出た昭和六三年六月二一日をもって、保有機構が原告に対し本件借家権の買取りを申し出た日とみることはできない。

第三証拠

本件記録中の書証目録記載のとおりであるから、これを引用する。

理由

一  請求原因1、3の事実は当事者間で争いがない。

二  そこで、本件特例の適用の有無について検討するに、成立に争いのない甲第一号証、原本の存在及び成立に争いのない乙第二ないし第七号証、弁論の全趣旨により原本の存在及び成立の真正が認められる乙第一号証、弁論の全趣旨を総合すれば、以下の事実が認められ、右認定を左右するに足りる証拠はない。

1  原告は、昭和四〇年七月、本件建物の所有者であった株式会社井上伸鐵所から本件事務所を賃借し、以後、原告が営む興信所の事務所としてこれを使用していた。

2  保有機構は、昭和六二年四月一日以降、日本国有鉄道が行っていた東京・上野間の東北新幹線鉄道の建設事業を引き継ぐこととなり、同日、新幹線鉄道保有機構法附則七条に基づき、JR東日本に対し、右建設工事及びこれに関連する在来線施設等の移転変更工事の設計、施工、対外協議及び用地買収等の一切の業務を委託した。

3  JR東日本は、右保有機構の委託に基づき、日本国有鉄道時代から難航していた原告との立退交渉を進めるため、東京工事事務所の契約用地課係長であった園部にその交渉方を担当させることとした。園部は、昭和六三年五月六日本件事務所に赴いて、原告に対し、右係長の肩書を記載した名刺を渡したうえで、本件建物が東京・上野間の東北新幹線建設工事の支障となっていることを説明し、本件事務所の移転について協力を求めた。これに対し、原告からは、基本的に協力するが、移転先として神田・新橋間で駅から徒歩三分位の場所に現有面積を確保してほしいし、移転費用は一億位ほしいが、その額には固執しないなどの話があった。

4  園部は、その後、昭和六三年五月一二日から六月三日までの間四回にわたって本件事務所を訪れ、原告に対し、補償金額の算定のため営業収支に関する資料を提供するよう求めたり、補償方法について説明したりしたほか、移転先の希望を聴取する等の交渉を行ったうえ、同年六月二一日には、原告に対し、明渡しの補償金として八二九万五〇〇〇円を提示したが、原告は、右金額では低額すぎるとしてこれを拒否した。

5  その後、園部は、昭和六三年一一月までの間に九回にわたり原告と交渉を重ねたが、この間、原告は、園部の提示した移転先も駅から遠すぎるとして拒否したほか、協力金を含む補償金として約六〇〇〇万円の支払を求め、あるいは、五四〇〇万円以下の補償金では一切協力できないと述べるなど、協議は難航した。

6  保有機構は、平成元年一月一三日、株式会社井上伸鐵所から本件建物の贈与を受け、同年二月八日付け内容証明郵便をもって、原告に対し、本件事務所の賃貸人の地位を承継した旨を通知するとともに、本件事務所を明け渡すよう求めた。

平成元年五月二日、園部が本件事務所に赴いたところ、原告は、JR東日本が保有機構を代理する権限について疑義があると述べて、園部との話し合いに応じようとしなかったことから、その後、園部は、保有機構とJR東日本との間の委託契約書の写し、JR東日本社長の東京工事事務所長に対する委任状、同所長の社員に対する委任状を持参して、原告に対し、補償金額について協議に応じるよう申し入れたが、原告は、無権限者とは協議ができないとして協議を拒否した。

7  そこで、保有機構は、平成元年六月二八日付け内容証明郵便をもって、原告に対し、本件事務所の賃貸借契約を解約する旨申し入れ、六か月後の明渡しを請求するとともに、明渡しの補償については、補償金として既に提示しているとおり八二九万五〇〇〇円(営業補償を含む。)を支払うほか、代替物件として新幹線鉄道の高架下の建物を賃貸することを提案した。

園部は、その後も再三にわたり、原告に対し協議に応じるよう説得したが、原告は、委任状について承服できないなどとして協議を拒み続けた。

8  保有機構は、平成二年二月一四日、原告を相手に本件事務所の明渡訴訟を提起したが(東京地方裁判所平成二年(ワ)第一五一一号)、結局、同年一二月一四日、〈1〉原告は、平成三年五月一五日限り本件事務所を明け渡すこと、〈2〉新幹線保有機構は、原告に対し和解金として二五〇〇万円を支払うことなどを内容とする訴訟上の和解が成立し、約定どおり本件事務所の明渡し及び和解金の支払がそれぞれ履行された。

三  法三三条の四第三項一号は、公共事業施行者から当該資産につき最初に買取り等の申出のあった日から六月を経過した日までに当該資産が譲渡されなかった場合には、本件特例は適用されない旨定めているが、これは、公共事業施行者の申出に応じて資産の早期譲渡に協力した者に対してのみ、その補償金等に対する所得税について特別の優遇措置を講じることとして、公共事業の円滑な施行を図ることとした趣旨であり、ここに「買取り等の申出のあった日」とは、原則として、公共事業施行者が資産の所有者に対し、当該資産を特定し対価を明示してその買取り等の意思表示をした日をいうものと解するのが相当である。

これを本件についてみるに、前記認定した事実によれば、保有機構は、昭和六三年六月二一日には、用地買収等の業務を委託したJR東日本の社員である園部を通じて、原告に対し、明渡しの補償金として八二九万五〇〇〇円を支払うことを提示して本件事務所の明渡しを求めたものであるから、この日をもって最初に本件借家権の買取り(消滅)の申出があった日と認めるのが相当である。

原告は、園部が保有機構の代理人である旨を表示したことはないから、園部からの申出をもって、保有機構の申出とみることはできない旨主張するが、前記認定したとおり、園部は、保有機構から用地買収等についての業務委託を受けたJR東日本の社員として、原告との交渉を担当していた者であり、原告に対し、本件建物が東北新幹線建設工事の支障となるので、本件事務所を明け渡してほしいことを伝えていたのであるから、昭和六三年六月二一日の補償金の支払を申し出た際に、その公共事業施行者が保有機構であることを明示的に告げなかったとしても、原告としては、それが東北新幹線建設工事を施行する公共事業施行者からの申出であることは十分認識していたものであって、そのことは、右申出を保有機構からの申出とみるについて何ら妨げとなるものではないというべきである。

そうすると、本件譲渡が行われたのは、最初に本件借家権の買取り(消滅)の申出があった昭和六三年六月二一日から六月を経過した後の平成三年五月一五日であるから、法三三条の四第三項一号により、本件譲渡による長期譲渡所得について、本件特例を適用することはできないというべきである(なお、仮に昭和六三年六月二一日には申出があったといえないとしても、既に認定したとおり、保有機構は、平成元年六月二八日付けの内容証明郵便をもって、本件事務所の明渡しの補償金として八二九万五〇〇〇円を支払う旨提案しているのであるから、遅くとも右郵便が原告に到達したそのころには、保有機構から原告に対する本件借家権の買取り(消滅)の申出があったことは明らかであり、本件譲渡が右申出があった日から六月を経過した後に行われたことはいうまでもない。)。

四  以上のとおりであって、本件譲渡による長期譲渡所得について本件特例の適用は認められないから、原告の確定申告に係る総所得金額、納付すべき税額はいずれも過大なものとはいえず、これを更正すべき理由はないというべきであって、本件処分に何ら違法な点は存しない。

よって、原告の本訴請求は理由がないからこれを棄却することとし、訴訟費用の負担につき行政事件訴訟法七条、民事訴訟法八九条の規定を適用して主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 佐藤久夫 裁判官 橋詰均 裁判官武田美和子は、転補のため、署名捺印することができない。裁判長裁判官 佐藤久夫)

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